Apr 29, 2009

憧れの会員制リゾートホテル

前の夫の職場が会員になっている会員制リゾートホテル宿泊したことがあるが、それまでのビジネスホテルクラスだけだった我が家には夢のような滞在だった。お部屋もまんまと優秀なスタッフのマナーも素晴らしく、自分たちは、不適切かもしれないと思っていた、とても素敵な一日を送ることができる。いつか会員制リゾートホテルの会員になりたいと思っていたが、そんな日が来るのだろうか。
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 茨城県内の鉄道が全線で再開されたのは7月23日。震災から4カ月半近くが経過していた。最後の開通区間は、ひたちなか海浜鉄道湊線の平磯−阿字ケ浦駅間3・5キロだった。

 同鉄道は震災で14・3キロの全線にわたって地盤の液状化の影響を受け、レールの湾曲、トンネルの亀裂、ホームの陥没など被害は28カ所にも及んだ。特に、盛り土が崩れて線路脇のため池の水が全て流出した地点ではレールが宙に浮いていた。

 吉田千秋社長(46)の案内で、この現場を目の当たりにしたのは4月はじめ。「復旧までには相当時間がかかりそうだ」と感じた。なにしろ途中の無人駅で止まったままの車両も「レールを修復しないと動かしたくても動かせない」(吉田社長)という状態。だが、吉田社長の表情は暗くなく、「震災で改めて鉄道の重要さを痛感した。廃線は全く考えなかった」と復旧への強い思いを見せていた。

 他社路線が3月末から4月にかけて次々と復旧する中、ひたちなか海浜鉄道が運行を再開したのは6月25日。1駅区間3・4キロを2往復しただけだった。この日、代行バスで本社がある那珂湊駅に向かった。わずか7分間で到着する隣駅までの3両列車に乗り込んだのは約100人。隣駅まで移動する目的があって乗り込んだ乗客は何人いたのだろうか。この日を3カ月半待っていた地域住民、復興応援ツアーと銘打ち首都圏から参加した鉄道ファン。ほぼ全員がこの鉄道の復旧を祝うために乗車したようだった。

 手を振り、見送る人もみな笑顔。沿線住民の思い入れの強さを感じた。廃線か存続かの瀬戸際にあった路線を茨城交通(水戸市)から引き継ぎ、平成20年に再出発した第三セクター。地元では、その前身で大正2(1913)年開業の「湊鉄道」の名で親しまれている。

 富山県の路面電車「万葉線」再建の手腕が買われた吉田社長が就任後、沿線観光施設とのタイアップで利用者の回復に努め、ようやく再建の成果が見えてきたとき震災に襲われた。平成19年度70万人台だった年間利用者は、22年度には80万人を超えようというペースで回復していたが、震災後の運休で結局、78万5千人止まりに。

 再建は仕切り直しとなり、復旧費用も3億円近い。さらに全線再開が海水浴シーズンに間に合ったが、肝心の海水浴客が振るわない。

 阿字ケ浦海水浴場の海開きが7月22日で、涼しい日が続いたこともあるが、何といっても福島第1原発事故の影響が大きい。県が海水の放射性物質や砂浜の放射線量を調査し、「安全」をPRしても、利用者の懸念が払拭されていないためだ。

 だが、試練もあれば追い風もある。鉄道ブームは女性を中心に裾野が広がり、古い車両、駅舎への注目も高まっている。地域住民による「おらが湊鉄道応援団」が自主的に支援イベント、募金、駅周辺の環境整備などを手がける。佐藤彦三郎団長(71)は「鉄道のためではない。鉄道を核に地域を活性化しなくてはいけない」と話す。

 地域に必要なものが戻ってきた。震災の被害を乗り越えていく姿は地域の復興のシンボルでもある。(水戸支局次長 水野拓昌)

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【放射線 正しく怖がるために】(上)

 たわわに実り頭(こうべ)を垂れる稲穂を、水田を渡る風が揺らす。例年ならば早場米の収穫に沸く4日、千葉県多古町では生産者らが心配そうに見守るなか、県職員らによる刈り取りが始まった。収穫前の放射性セシウムの予備検査に使う。

 町内の生産者団体の会長、大木茂秀さん(61)は「目に見えない放射能への不安と、待っている消費者にコメを届けたいという気持ちとの間で葛藤する毎日だ」と心境を明かす。

 千葉県は東日本で最も早く収穫される早場米の産地の一つだ。

 その検査結果を、全国の農業関係者がかたずをのんで見守っている。「検査結果と土壌の放射性物質の濃度を照らし合わせれば、検査前にある程度の推測ができる」(栃木県)「収穫の早いところで国の暫定基準値超えが出れば影響は大きい。心配している」(茨城県)

 特に多古町は4月にホウレンソウの放射性ヨウ素が基準値を超え、出荷停止となった地域だ。千葉県幹部は「県内で最も放射性物質が飛んだとみられる地域のコメが安全なら、消費者にほかの地域も安心と思われる。いち早くここで大丈夫となれば意味は大きい」と期待を寄せる。

 ◆田植え前から対策

 日本人の主食で、日本の農業の柱ともいえるコメ。東京電力福島第1原発の事故で漏れた放射性物質から基盤の食を守ろうと、農林水産省は早くから対策に取り組んできた。

 まず、田植えも始まらない4月に土壌からコメ(玄米)に放射性セシウムが吸収される割合「移行係数」を0・1と設定した。植える前に収穫物の放射性物質の濃度を推測するためだ。その係数で、コメを国の基準値(1キロ当たり500ベクレル)以下にするには土壌の基準値を同5千ベクレルと算出し、4月22日の段階で土壌が基準値を超える福島県の一部地域に作付けの禁止を指示した。

 設定に当たり、農水省は昭和34年から蓄積された国内の約560件のデータなどを分析し、係数の平均値を0・012と算出した。だが、データに幅があるため、より高めの0・1を採用した。

 さらに収穫の時期を迎える今月から多古町で始まった収穫前の予備検査と、収穫後の本検査の2段階で検査することを決めた。

 ◆長期的な視野必要

 「対策は十分」と自信をみせる農水省だが、想定外の稲わらから肉牛に放射性セシウムが拡大してしまうなどで、食品汚染に対する消費者の不安は根強い。仮に基準値を超えたコメを食べてしまった場合、どの程度、健康に影響するのか。

 京都医療科学大の遠藤啓吾学長(放射線医学)は「基準値の500ベクレルの玄米を精米したものを365日食べ続けても、年間の被曝(ひばく)量は0・3ミリシーベルト程度にしかならない。人間は通常、食品に含まれる天然の放射性物質、カリウム40で年間0・2ミリシーベルト弱被曝しており、健康に影響が出る値ではない」と話す。

 また、放射線医学総合研究所の内田滋夫センター長(放射生態学)は「セシウムの蓄積は、玄米の部分では葉の2分の1から4分の1ほどになる。また、玄米のぬか部分に多く蓄積する傾向があるため、精米して白米にすると4、5割に減少する」と指摘する。

 「セシウムには土に吸着する性質があるため、土壌からコメにはあまり移行しない」とみる専門家も多い。

 ただ、半減期が約30年と長いセシウム対策には長期的な視野が必要になる。学習院大の村松康行教授(放射化学)は「セシウムがどの程度コメに移行するかなどの研究データも検査と並行してとり、今後の対策に生かすべきだ」と指摘している。

 国の基準値を超える放射性セシウムが検出された牛肉の流通が発覚し、食品への懸念が広がっている。収穫の秋を前に、コメも検査対象になった。食卓を支えるコメ、牛肉、水産物…。事故から5カ月、「食の安全」はどうなっているのか。現状と健康に与える影響をリポートする。

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