Dec 29, 2008
憧れの会員制リゾートホテル
前の夫の職場が会員になっている会員制リゾートホテル宿泊したことがあるが、それまでのビジネスホテルクラスだけだった我が家には夢のような滞在だった。お部屋もまんまと優秀なスタッフのマナーも素晴らしく、自分たちは、不適切かもしれないと思っていた、とても素敵な一日を送ることができる。いつか会員制リゾートホテルの会員になりたいと思っていたが、そんな日が来るのだろうか。海外旅行保険の必要性を再度模索してみましょう。保険への信頼をもう一度考えてみましょう。冗長度の重要性が高いだろうと私は思っています。怪我や病気を起こさないよう対策を適切に行うようにしましょう。海外旅行保険の詳細をきちんと確認しましょう。ぜひ注目して欲しいです。
細野豪志原発事故担当相がまとめた原子力規制行政の見直しに関する政府の最終案が11日、明らかになった。経済産業省から原子力安全・保安院を分離し、内閣府の原子力安全委員会などと統合した「原子力安全庁」(仮称)を環境省の外局に新設すると明記。15日に閣議決定する方針。
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まもなく66回目の終戦記念日(15日)を迎える。電気、水、食料などが不足した戦後の暮らしは、東日本大震災と福島第1原子力発電所事故で強いられた不便な生活と重なる。モノのない時代からモノのあふれる時代への変遷を「昭和のくらし博物館」(東京都大田区)の小泉和子館長(77)に聞いた。(村島有紀)
◆なければないで
「当時は『お互いさま』の時代。電話も各家にはなく、ある家の電話番号を名刺に書いて呼び出してもらっていた。何もかもない時代だから自然と助け合いが生まれました」
大田区の東急電鉄池上線久が原駅で降り、「ゆうやけ通り」商店街を抜けて細い路地に入ると、昭和26年築の簡素な2階建て木造住宅「昭和のくらし博物館」がある。都職員で建築技師だった、小泉館長の父が住宅金融公庫(当時)の融資を受けて建て、平成8年までの45年間、小泉さん一家が暮らした庶民の家だ。
「暮らしの資料に」と11年に一般公開を開始。夏は建具をすだれに替え、冬は火鉢に火を入れる四季の暮らしを展示している。
猛暑のこの時期、汗を拭きながら訪ねたところ、玄関や縁側、ふすま、障子は全て開け放たれていた。いずれの部屋も意外なほど風通しが良く、過ごしやすい。台所には「氷冷蔵庫」、軒下収納庫には炭や炭団(たどん)(木炭の粉をフノリなどをつなぎとして団子状に練り上げたもの)などの燃料やつぼが入っている。
「氷冷蔵庫は氷を置いてそうめんなどの食材を冷やすため。今のように食材を家の中でため込むことはしなかったから、その日使うものしか入れなかった」と小泉館長。
3月11日の東日本大震災後、スーパーから水やコメ、トイレットペーパーなどの日用品が消えた。不安に駆られた人々が買いだめに走ったためとみられるが、小泉館長は「なければないで、あるもので工夫をしたのが戦後の暮らし。トイレットペーパーがなければ新聞紙で代用した」。
◆隣近所と触れ合い
ないものに慣れた生活とはいえ、最も困ったのが水だ。家を失った人々は、水道、ガスのない土地に家を建てた。小泉家も昭和27年頃まで、井戸のある隣の家へバケツで水をもらいに行った。もらった水は飲み水や料理に使い、コメのとぎ汁は食器洗いに。食器を洗った水は庭の畑の水やりにと再利用し、洗濯も最小限に抑えた。
水だけでなく近所の家の電話を日常生活で使う“お互いさま”の時代だけに自然と隣近所と触れ合った。
「時代が進むにつれて便利になり、だんだん人に頼らなくても生きていけるようになった。でも、そうするとコミュニケーション能力も落ち、人間が貧しくなるの。何かを頼まなければいけない状況だと、どういうふうに頼めばいいか、その人がどういう人か、いろいろ考えるでしょ?」
◆毎晩のように停電
戦後は深刻な電力不足。昭和24、25年ごろまでは毎晩のように停電したという。小泉館長の記憶では、家の電球が消えても街路灯はついており、窓際に座ってその明かりで勉強した。ただ、家電製品はないため、困ったことはほとんどなかった。
小泉館長は、家電製品が洗濯機や冷蔵庫程度だった30年代の生活が「ちょうどいい」という。
「便利で快適な生活には、きりがない。何が必要で何が必要でないかを自分で決めて律していくのが、人間の知恵。今のようにトイレの蓋の開け閉めも電気、食器を洗うのも電気というのは、やっぱり使いすぎだと思うのよ」
福島第1原発事故で、戦後一貫して追い求めた「便利で快適な暮らし」を見直さざるを得なくなった今年の夏。戦後の暮らしを訪ねてみることで、今後の生活のヒントが生まれるかもしれない。
昭和のくらし博物館の開館時間午前10時〜午後5時(入館は午後4時半)。月曜・9月上旬・年末年始は休館。入館料は大人500円、小学生〜高校生300円。10月8日にはワークショップ「電気のない暮らしを生き抜く昭和の知恵」を開く。1500円。申し込み、問い合わせは同館(電)03・3750・1808。鹿児島のゲオ導入のポイント
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