Apr 29, 2010
太陽電池パネルを選ぶ際のポイントについて
太陽電池パネルを選択すると、単純に購入価格で選ばないほうがいいですよ。ソーラーパネルは、パフォーマンスが重要です。また、鳥の巣を作らないように対策しているなど、工夫できるところが簡単です。せっかく購入しても発電効率が悪いと意味がなくなってしまいます。補助金もあるので、単純に価格を比較することなく、パフォーマンス的に考えるようにしましょう。太陽光発電は、とってもエコだと思っています。今年は東日本大地震で原子力発電に代わって、太陽光発電に関心が集まって、TV CMもよくヌンエハプニダ。太陽光発電は自然エネルギーなので、枯渇の心配がありません。発電設備で一番良いと思います。しかし、太陽光発電をするためには屋根に太陽電池パネルを設置するなど、工事費がかなりかかりそうです。それ以上の費用が安いと、より太陽光発電が普及のではないかと思います。
東日本大震災や東京電力福島第1原発の爆発事故が原因で、高校を中途退学した生徒が岩手、宮城、福島の3県で計11人いることが分かった。「親の失業で苦しくなった家計を支える」「転居先からの通学が難しい」ためだという。同じ理由で震災以降休学を続けている生徒もおり、雇用環境が改善されない限り今後も退学者が出ることが懸念されている。
今月4〜7日、津波被害にあった3県の37市町村と、原発事故で避難対象となった福島県の5市町村に所在する113校と各県の教育委員会に取材した。公立が全日制、定時制、特別支援を合わせ101校、私立は12校。「現場では答えられない」とした福島県立四倉高校を除いて回答があった。
中退した生徒は10校に計11人おり、全日制が8人、定時制が3人。男女別では女性の方が7人と多い。学年別では1年生1人、2年生6人、3年生4人。退学した時期は4月3人、5月6人で、7月と8月も1人ずついた。
退学の理由(複数回答)は「厳しくなった家計を支えるため働く」が8人、「家の流失や避難による転居などで通学が困難になった」が5人だった。
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和歌山県は、東日本大震災で多くの被災市町村の行政機能がまひしたことを受けて、新たな形の災害対策に乗り出す。米アップル社の「iPad(アイパッド)」など、携帯型タブレット端末を活用し、被災市町村に代わって県が直接被災情報などを収集するほか、被災地には「移動県庁」を設置し、物資輸送などの支援に取り組む。
2012年度内に現場と県庁がネット経由で情報共有するシステムの構築を目指す。こうしたシステムの導入は全国で初めて。
東日本大震災では、庁舎が津波で流失するなど、多くの市町村で行政機能がまひ。被災情報の収集や必要な支援物資・人員の把握などが滞った。
和歌山県では、今後30年間に発生する可能性が高い東海、東南海、南海地震の被害を受けると想定されることから、立地や構造上、比較的被災が小さい見込みの県庁で情報を直接収集し、被災者支援に乗り出すことにした。
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歌舞伎界を代表する名女形、中村芝翫さんが10日死去した。名門、成駒屋の跡取りという恵まれた環境に生まれたが、歩んだ道は平たんではなかった。
幼くして父、五代目中村福助を亡くし、名女形の祖父、五代目中村歌右衛門とは12歳で死別。当時の自身を「広い原っぱに一人取り残されたよう」と語ったことがある。後ろ盾をなくした少年に手を差し伸べたのが名優、六代目尾上菊五郎で、芝翫さんはその膝元で修業に励み、父、祖父に次ぐ「第3の父」と生涯慕った。
六代目の得意な世話物の息と芸を学び、踊りの技術を吸収した。舞踊の「娘道成寺」は六代目直伝。1948年に初演し、2000年9月に歌舞伎座の「五世中村歌右衛門六十年祭」で「一世一代」で舞い納めるまであたり役とした。
49年の六代目没後は「菊五郎劇団」に在籍し、七代目尾上梅幸に次ぐ女形として活躍。64年に叔父の六代目歌右衛門の一座に移籍。2人の女形の2番手として芸風の異なる「菊五郎劇団」と「歌右衛門一座」を経験したことで芸域は広がり、いかなる立ち役の相手役も可能な卓抜した技量を身につけた。「鏡山」での六代目歌右衛門の尾上と芝翫さんのお初は名コンビであった。
後輩の多くが教えを請い、住まいの地名から、「神谷町」と愛称された。周囲の動きに惑わされない信念の強さを持ち、歌舞伎以外の舞台には目もくれず、芸格を重んじた。
晩年は体調不良に苦しんだが、建て替え前の歌舞伎座最後の10年4月公演には「実録先代萩」の浅岡をつとめた。
旧歌舞伎座との別れに際し、祖父、五代目歌右衛門のあたり役を演じ切ったことに、芝翫さんの強い思いが感じられた。9月の「秀山祭大歌舞伎」で初日(1日)のみ出演した「沓手鳥(ほととぎす)孤城落月」の淀君が最後の舞台になった。【小玉祥子】
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